ジェロ自身カラオケ大会に応募

ジェロは、日本語のスピーチ大会に参加するために15歳になって初めて日本の地を踏む。
母方の祖母は日本人で、その影響から幼少の頃よりジェロは、演歌に親しんできた。
その傍らでNHKの歌番組に出場、日本各地のカラオケ大会にジェロ自身自ら応募したうえで出場し、そこで数多の賞を獲得するなど、
演歌歌手を目指して独自に活動を続けるなか、
2005年に坂本冬美の主催によるカラオケ大会でジェロは優勝し、それがビクターエンターテインメント大阪のスカウトの目に留まり、
その後2年間に及ぶ訓練を経て、やがて2008年にジェロはシングルの『海雪』でプロデビューを飾ることになった。
ジェロはピッツバーグ大学を2003年に卒業してのちにふたたび日本の地を踏み、
和歌山県で英会話学校の教職に就き、次に大阪でコンピュータ技術者の仕事に就く。
その祖母に対して演歌を披露するうちに、ジェロは自らが演歌の虜になっていったという。
この留学期間中に演歌歌手になることを決意したという。
在学中には関西外国語大学に3ヶ月間の留学をした。ダンスチームの主将を務めた高校時代を経て、
やがてピッツバーグ大学に進学し情報科学を専攻。
そのデビューの日となった2月20日には、演歌歌手としては前例の無い渋谷HMVでのイベントを行い、
デビュー曲の『海雪』を披露してその会場に歓声を沸かせた。

ジェロの『海雪』の快挙

ジェロのプロモーションビデオも一見しただけでは演歌のそれとは分からないものとなっている。
その容姿についてはウィル・スミス似のイケメンなどと表現されているジェロ、
ジェロのその歌声については一聴では日本人のそれとしか思えない、甘い歌声などの評価が寄せられている。
更に、冷え込みの著しいシングル市場にあって、ジェロの海雪は
その発売から5日間のうちに3万5千枚の売り上げを記録し、
演歌/歌謡系歌手のデビュー曲としてジェロの海雪は史上初のオリコン初登場10位入り、
その発売から5日目に総合シングルランキングで第4位にまでのぼるなど、
突然の金字塔と言われるほどに数多の記録を更新しているジェロの海雪。
ジェロ自身は、演歌歌手という立場でありながらヒップホップのスタイルを採り、その外観だけならば完全なラッパーです。
そのデビュー曲となったは、新潟県の出雲崎町を舞台とした楽曲で、
発売当日だけでカセットとあわせて8万3千枚を出荷し、
オリコンのデイリーチャートにおいて初登場16位を記録という快挙を成し遂げた。

ジェロはまぎれもなくプロの演歌歌手

ジェロは1997年に来日。アメリカのピッツバーグで生まれ育ち、地元の名門ピッツバーグ大学を卒業。
ジェロはとんでもなく“こぶし”のきいた真っ直ぐな歌声の持ち主ということが分かるはずだ。
ジェロをどこからどう見てもヒップホップミュージシャンのいでたちです。
その見た目からジェロの職業が演歌歌手だとイメージできる人は誰一人いないでしょう。
最近ではこのように日本の伝統文化に魅せられ、ジェロを含めてその道を極める外国人も増えている。
例えば昨年、何かと世間を騒がせた相撲界の横綱・朝青龍は日本の国技である
以後、「平成の大横綱」と形容されるまでの力士になり今もなお、相撲界の頂点に君臨している。
日本人である祖母の影響でどんどん演歌の魅力にとりつかれていったジェロの演歌に対する心は日本人よりも純粋で、
その歌声を聴けば本物の実力を持った演歌歌手なのは明白。「どうせ話題先行の“まがいもの”だろう?」
と思う人は、ジェロの歌声を聴いてほしい。
ジェロは海を越えての若者に演歌を伝えるためにやってきたのだ。
しかし、ジェロはまぎれもなくプロの演歌歌手。  
そんな中、2008年2月20日ビクターエンタテイメントより『海雪』でデビューを果たす史上初の
黒人演歌歌手・ジェロは日本の演歌界に将来“朝青龍”以上の衝撃をもたらす予感がする。

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